大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)2206号 判決

被告人 前山福三郎

〔抄 録〕

検察官の控訴の趣意第一点について。

論旨は、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすべき法令の違反がある、というのである。よつて、原判決及び記録を調査すると、原審第二回公判調書によれば、同公判廷においては、まず被告人に対する人定質問についで起訴状の朗読がなされた後、裁判官は被告人に対し被告人の権利を保護するために必要な事項を告げた上被告事件について陳述する機会を与えたのに対し、被告人は本件起訴状記載のとおりの事実、すなわち、被告人が昭和三十二年五月二十二日午後一時四十分頃中央区新川二丁目六番地附近道路においてやむを得ない場合でないのに軌道敷内を軽自動車を運転通行したものである、との事実を認め、ついで証拠調に入り、検察官は犯罪事実を立証するため犯罪事実現認報告書、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書及び被告人の前科調書の取調を請求し、これに対し被告人はいずれもこれを証拠とすることに同意したので、原審裁判官は直ちにこれが証拠調をなす旨を決定し、被告人の前科調書を除きその余の証拠調を施行したこと及びこれに引き続き原審裁判官は検察官に対し、検察官提出の右犯罪事実現認報告書の内容は割込運転となつており、被告人の供述調書は起訴事実を認めているけれども、この自白のみでは起訴事実を認定することはできない、これらの証拠によつて軌道敷内通行の事実を認めよというのであるか、検察官の注意を喚起する旨発言し、これに対し、検察官は犯罪事実現認報告書裏面の図面と被告人の供述調書とを綜合することによつて被告人の軌道敷内運転を認定することができると思う旨を述べたので、原審裁判官は、重ねて犯罪事実現認報告書裏面の図面には一本の線の上に赤インクで車体が図示されているが、一本の線が軌道であるかどうかの文字による表示は見当らない、といい、検察官は車体が軌道上を走つていることは図面自体によつて明瞭である旨答えるや、原審裁判官は直ちに判決する旨を告げ、被告人に対し無罪の言渡をしたことが認められる。これによつてみると、原審裁判官が検察官に対し注意を喚起する旨発言したのは一応刑事訴訟法第二百九十四条、刑事訴訟規則第二百八条の趣旨に従い釈明を求め、かつ被告人の自白を補強すべき証拠につき立証を求めたかのごとくであるが、結局積極的には何らの立証をも促さず、他に立証なきや否やをも確めずして、証拠調の中途にして突如として結審し、判決の宣告をしたことが明らかである。按ずるに、現行刑事訴訟法に定められた第一審の公判手続は被告人の人定質問に始まり、起訴状の朗読、裁判長の被告人に対する権利保護に関する事項の告知、被告事件についての陳述の機会付与などの手続を経て証拠調に入り、そして、証拠調を終つた後検察官の事実及び法律適用についての意見の陳述、被告人及び弁護人の最終陳述を経て結審され、ここに判決が宣告されるべきものであることは刑事訴訟法の規定上明らかなところであり、かつ刑事訴訟法第二百九十四条、第二百九十八条、刑事訴訟規則第百九十九条、第二百八条などの規定によれば、証拠調については、まず検察官が取調を請求した証拠で事件の審判に必要と認めるすべてのものを取り調べ、これが終つた後、被告人又は弁護人が取調を請求した証拠で事件の審判に必要と認めるものを取り調べ、なお以上の取調が終つた後でも、必要があるときは更に証拠を取り調べることを妨げないのであり、又必要と認めるときは裁判所は訴訟関係人に対し釈明を求め、又は立証を促し、若しくは職権で証拠調をすることができるものと定められているのであるから、若し原審裁判官において、被告人の自白に対する補強証拠として検察官提出の前記犯罪事実現認報告書のみによつてはまだ十分でないとするならば、よろしく訴訟指揮権を行使してこれに関する立証を促し、若しくは職権でこの点に関する証拠調をなすことも妨げなかつたのであり、殊に本件においては検察官提出の公判調書の記載に対する異議申立書中に明らかなように、検察官は必要とあれば証人尋問並びに現場検証の申請をなすべき心組みであつたのにかかわらず、原審裁判官が、前記のごとく、証拠調の途中において、いまだ検察官をして十分な立証をもなさしめず、又検察官の事実及び法律適用についての意見の陳述並びに被告人の最終陳述のない以前において、突如として結審し、判決の宣告をしたのは、すなわち、刑事訴訟法上裁判所の遵守すべきものと定められた公判審理に関する手続を履践しない違法があるものといわなければならない。しこうして、この訴訟手続に関する法令の違反が判決に影響を及ぼすことは明らかなところであるから、原判決は爾余の論旨につき判断をなすまでもなく、すでにこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

(坂井 山本長 荒川)

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